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	<title>人事マネジメントフォーラム &#187; 人の行動モデル</title>
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	<description>人事マネジメントフォーラムは、企業人事プロフェッショナルのためのコミュニティサイトです。</description>
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		<title>リーダーシップの意味</title>
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		<pubDate>Sun, 21 Feb 2010 04:02:41 +0000</pubDate>
		<dc:creator>oikawa</dc:creator>
				<category><![CDATA[リーダーシップ]]></category>
		<category><![CDATA[人の行動モデル]]></category>
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		<description><![CDATA[古典的なリーダーシップの意味は、さまざまな文脈や美辞麗句があっても、、結局のところ他人への影響力の行使の一点に集約されます。
しかし、どうして、人は人をリードしたがる、のでしょうか？こういう「そもそも」論を考えないと、人 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><a href="http://www.hrm-forum.com/wp-content/uploads/2010/02/100129_1441011.jpg"><img class="alignleft size-thumbnail wp-image-847" title="100129_1441~01" src="http://www.hrm-forum.com/wp-content/uploads/2010/02/100129_1441011-150x150.jpg" alt="" width="150" height="150" /></a>古典的なリーダーシップの意味は、さまざまな文脈や美辞麗句があっても、、結局のところ他人への影響力の行使の一点に集約されます。</p>
<p>しかし、どうして、人は人をリードしたがる、のでしょうか？こういう「そもそも」論を考えないと、人の言っているリーダーシップ論にフォローするだけになってしまいます。</p>
<p>たとえば、新商品開発の6カ月にわたるプロジェクトがそろそろ終わりを迎え、全ての市場調査、小グループインタビューなど手続を終えつつある、最後のローンチミーティングで、あなたは、すっくと席を立って手を挙げて自分の意見をこう、言います。「それでも、そもそもこんな不味い味の新商品がホントにうれるとは思えない、あまり新規性におもねるとロクなことにならないばかりか、本来の商品の筋をうしなうことになる、もう一度やりなおそう！」と言ったとします。</p>
<p>これは、非常によろしくないことで、プロジェクトメンバーはみんな、何をいまさら言うのか、なんで今まで黙ってたんだよ、もう時間がない・・・という反発と批判が火を見るよりも明らかです。場合によっては、叱責されてメンバーから外され今後もプロジェクトにいれてくれないかもしれません。</p>
<p>そのとき、それでも今自分がこの声をあげないと、自分としては後悔するだろう、言っておきたい、でもこの反発は予想できる・・・として、今立って声をあげようか、それとも声を上げずに黙ったままやり過ごそうか、一瞬悩みます。</p>
<p>そのとき、立って危険な罠であることを知って声をおもむろに上げるとき、それは一種の反逆、破壊衝動の快感があると同時に、非常に強いリーダーシップの表現でもあります。</p>
<p>これはマネージャーの役割ではありません。これはリーダーシップなのです。</p>
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		<title>モチベーション</title>
		<link>http://www.hrm-forum.com/behavior-model/794.html</link>
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		<pubDate>Sun, 13 Dec 2009 01:24:35 +0000</pubDate>
		<dc:creator>oikawa</dc:creator>
				<category><![CDATA[ワークプレース・マネジメント]]></category>
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		<category><![CDATA[金井嘉宏教授]]></category>

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		<description><![CDATA[モチベーションにはレベルがあって、どんなスーパー・ビジネス・パーソンでも、ずっとレベルが高いままということはないといいてよいでしょう。いつもハイテンションでヤル気マンマン24時間というヒトがいるわけがありません。人生山あ [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><strong><img class="alignleft size-thumbnail wp-image-796" title="10046801868" src="http://www.hrm-forum.com/wp-content/uploads/2009/12/10046801868-150x150.jpg" alt="10046801868" width="150" height="150" />モチベーション</strong>にはレベルがあって、どんなスーパー・ビジネス・パーソンでも、ずっとレベルが高いままということはないといいてよいでしょう。いつもハイテンションでヤル気マンマン24時間というヒトがいるわけがありません。人生山あり谷ありなのであって、「なぜ低いか」「どうすれば取り戻せるか」がわかっているので自分でモチベーションレベルのアップダウンを「調整できる。」というのが、金井嘉宏教授（神戸大学大学院）の考えですが、その通りだと思います。</p>
<p><strong>モチベーションの波</strong></p>
<p>たとえばプレゼンテーションが近くなれば、緊張感やプレッシャーで、イヤでも一気に仕事モードが高まる。逆にどうしても成績が出ずに脱出方法がみつからずに落ち込んでしまったら不機嫌になりモチベーションどころでなくなる。それがたとえば社会貢献、夢、目標達成感、充実、鍛錬、実用、関係性（人間関係のこと）、ライバルの存在、ご褒美、自己顕示、休暇などなど、そのうちどの要素があれば機嫌よくエネルギッシュに働ける気分を回復できるだろうか？ということは、一度は考えてみるべきでしょう。それが自分にとっての価値といえるかどうか、自分にとってどれが一番「効くか」を考える（これをモチベーション・ドライバーと名づける。）ということです。それは結局、人は何のために働くのかということに帰着すると言ってもよいと思います。</p>
<p><strong>モチベーション・ドライバー</strong></p>
<p>DNAが違うように十人十色だから、何が自分にとってモチベーション・ドライバーなのかは、理論的に決めつけたりできないし、良いも悪いもないものです。他者（会社）から貰う褒美（reward）としての賞与よりも自分から自分へのご褒美（self-reward）のほうがずっと価値がある、と考えるヒトだっているわけで、そもそも会社の人事部からモチベーションを言われる筋合いのものでもありません。自分にとって、どれで気分の平衡を保つのか、モチベーションレベルについて今自分が上がっているのか下がっているのか、その意味でよく自分を知っていてそれをコントロールできる強さをもつことはビジネスパーソンとしては必要な能力だといえます。</p>
<p><strong>性格・個性分析</strong></p>
<p>これを知るには、まず自分の直感で自分のボトムラインつまり腹で納得できる物事の基準は何なのかを感じてみることがまず第一だと思います。しかし、いわゆる「性格・個性分析検査」も時として非常に役にたつものです。自己理解の目的で、タイプ・型にわけた性格特性分析検査を受けることで、いったい何が自分にとって価値があるのか、を自己の個性との関係で、知ることができるからです。</p>
<p>この手の性格分析手法にはいろいろあるので、一概にどれが推奨されるとかどれが絶対だということはないというべきでしょう。どれも何かしらの性格の対抗軸を設定し、その組み合わせで人の個性をタイプ別に類型化しているものです。大学では、こうした分析軸や多変量やクラスター分析など統計分析手法が巾をきかせていて独自の体系を新しく造ることも不可能ではない、と言ってよいと思います。</p>
<p>分析の質の良さや一般的な受容度を考えると、古くからあるエニアグラム、ユングに由来して世界的に広く利用されているMBTI,　それに同じユング系のデンマーク・オプティマスのJTI、日本の小林恵智博士のFFSなどが挙げられます。</p>
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		<item>
		<title>営業組織の倫理　（その２）</title>
		<link>http://www.hrm-forum.com/behavior-model/762.html</link>
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		<pubDate>Sun, 01 Nov 2009 06:46:49 +0000</pubDate>
		<dc:creator>oikawa</dc:creator>
				<category><![CDATA[コンプライアンス]]></category>
		<category><![CDATA[バランスト・スコアカードと人事]]></category>
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		<description><![CDATA[「シチュエーション」No．２
営業担当者Dさんは、得意先顧客が時々、どの製品をうちの会社に推選できるか、アドバイスしてほしいと聞かれます。そのとき、Dさんは顧客の実際のニーズに関係なく、製品ラインのうち最も効果な品目を、 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img class="alignleft size-thumbnail wp-image-766" title="1081-1240522165D84G" src="http://www.hrm-forum.com/wp-content/uploads/2009/11/1081-1240522165D84G-150x150.jpg" alt="1081-1240522165D84G" width="150" height="150" />「シチュエーション」No．２</p>
<p>営業担当者Dさんは、得意先顧客が時々、どの製品をうちの会社に推選できるか、アドバイスしてほしいと聞かれます。そのとき、Dさんは顧客の実際のニーズに関係なく、製品ラインのうち最も効果な品目を、高性能を理由に推選しようとしています。</p>
<p>→このDさんの営業方針は、どうでしょうか。Dさんは「<strong>顧客の実際のニーズ</strong>に関係なく」、製品ラインのうち最も効果な品目を、高性能を理由に推選しようとしています。ニーズを無視してもいいのでしょうか？<br />
つまり、売らんかなということで、顧客が本当に役にたつものかどうかの吟味なしに売ろうとしているのですが、これが例えばショップトークつまり売り場で展示してあるものを「お勧め」する場合と、コンサルティングセールスとでは様相が異なるでしょう。野菜売り場での推奨であれば、ニーズの聞き出しだとか本当に似合うかどうかだとか必要かどうかなどはそれほど重要ではないでしょう。衝動買いを誘うことだってあります。結局は購買意欲がそのとき起きれば、そしてその金銭的余裕があれば購買者はその自分の判断で買うだけです。購買者にとってもニーズがあるかどうかよりもむしろ買い物を楽しむことのほうが価値があるかもしれません。<br />
それに対して、購買動機付けをして初めて売れるもの、たとえば生命保険だとかの金融商品では、ニーズ喚起があって初めて購買意欲が出るので、そのニーズに不適合な商品を売ったら、それは問題でしょう。実際上金融庁の検査マニュアル上も<strong>適合性原則</strong>はチェック対象となっています。つまり、適合原則などと呼ばれることがありますが、要するにそうしたニーズへの適合性をきちっと説明し納得して購買していただくことが商慣習上求められます。<br />
では、化粧品はどうでしょうか。訪問販売はどうでしょうか。それぞれ、<strong>販売手法とコンテンツを総合的に見て、適合性が商道徳上求められているかどうかが問題になります。そして、個別のケースごとに、自分（自社）なりの説明がつくかどうか</strong>が、ポイントになります。</p>
<p>よく<strong>コンプライアンス</strong>ということが強調されますが、こうした営業倫理についても言えることなのです。しかし、営業現場でこのような微妙な駆け引きをするときに、コンプライアンスと叫んでみても答えはみつかりません。掛け声だけではどうすべきか、の回答が見いだせないのです。そしてあとから、それはやってはいけないことをやったとか、コンプライアンス違反だとか非難されても、現場は浮かばれないでしょう。<br />
法令等遵守などといっていても、実際、こういう実務上いちいち法令に書いてないことが多いのですから、準拠すべきものが見つからないときにどうしたら、消費者や上司に自分の説明や行動をコンプライアンスcomply with&#8230;..つまり何かの基準に準拠している、だから問題ない！と主張することができるでしょうか？</p>
<p><strong>その一つの回答が、comply with&#8230;..がコンプライアンスの起源だとすると、自分がどのような理由・背景でそのような行動あるいは営業の方法論をとったのかについて自分の言葉で説明できるかどうか、それが基準になる、という考え方があり</strong>ます。explainできるかどうかですね。法令などがない場合、自分でキチンと他人（相手や上司、世間）に対して説明ができるかどうか、です。どのような形であれ、強弱があるにしても自分のことばで自分の行動が説明できれば、コンプライアンス違反にはならない、と考えるのが、一番実用的な解決方法だと思います。そしてヨーロッパとくに英米法の国やラテン諸国では、コンプライアンスとは実はexplanableかどうかなのだ、という考えかたがむしろ一般的なのです。</p>
<p>　</p>
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		<title>営業部における組織と倫理　（１）</title>
		<link>http://www.hrm-forum.com/behavior-model/740.html</link>
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		<pubDate>Mon, 19 Oct 2009 04:34:58 +0000</pubDate>
		<dc:creator>oikawa</dc:creator>
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		<description><![CDATA[営業における倫理
営業担当者としては、所属する組織をある意味で代表として顧客と向かい合い、そこで営業成績を高める動機があります。
営業担当者が日常の営業活動の中でさまざまに直面するシナリオの中で、どのような動きをすべきか [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><strong><img class="alignleft size-full wp-image-744" title="tm_10" src="http://www.hrm-forum.com/wp-content/uploads/2009/10/tm_10.jpg" alt="tm_10" width="98" height="130" />営業における倫理</strong></p>
<p>営業担当者としては、所属する組織をある意味で代表として顧客と向かい合い、そこで営業成績を高める動機があります。</p>
<p>営業担当者が日常の営業活動の中でさまざまに直面するシナリオの中で、どのような動きをすべきか、頭を悩ませる事態・いわゆる問題事態（ここでは、これを「シチュエーション」といいましょう。）は少なくありません。「シチュエーション」は、営業担当者の所属する組織の中で起こることですから、組織としてそれをどう取り上げるべきかという問題と、その場面に遭遇した同僚や先輩など所謂職場で、どのように対処するのか、そしてなにより、当事者である営業担当者個人としてはどのように行動するのが妥当なのか、それをしっかりと研究してみましょう。そこには、回答一発終わりということではありません。みなさんなら、どのような行動をとるでしょうか。<br />
また、ある行動を選択した場合に、それに対する評価はどのように組織はとりあげればいいのでしょうか。</p>
<p>あくまでシナリオではありますが、多かれ少なかれ、こうしたことは営業現場では実際におこることですので、それに対するシミュレーションをしてみるのも非常に意味があります。一見すると、とても深刻な問題をはらむとはいえない、ちょっとした「手練手管」「戦術」あるいは「許される行為」かもしれません。このような行動に対してみなさんは、どう思われますか？そして、もしみなさんだったら、どう対処・行動しますか？</p>
<p><strong>「シチュエーション」No．１　</strong></p>
<p>営業担当者Yさんは、交渉で価格を最善のものにしたかったので、原価構成について交渉相手に理解を求めようと思い、Y」さんは交渉相手の購買担当者に対して、「この製品の人気は高いので、生産設備は非常に高い稼働レベルにある」と営業トークを展開しようとしています。しかし、実際には稼働レベルは低いのです。</p>
<p><strong>「シチュエーション」No．２</strong></p>
<p>営業担当者Dさんは、得意先顧客が時々、どの製品をうちの会社に推選できるか、アドバイスしてほしいと聞かれます。そのとき、Dさんは顧客の実際のニーズに関係なく、製品ラインのうち最も効果な品目を、高性能を理由に推選しようとしています。</p>
<p>　<br />
<strong>「シチュエーション」No．２</strong></p>
<p>複写機の営業担当者Cさんは、年間販売ノルマで５０００万円を達成する必要があり、それがボーナス査定に影響する事態となっています。その年の最終計上月時点でCさんの営業成績は、あとノルマに２００万つまり２%ばかり不足する事態だったのですが、当該月末近くになって、計上の締め切りが近付いてもノルマに約１００万下回っています。そのときようやく最後の注文８０万が発注されました。ノルマを達成しようと、Cさんは顧客に告げずに注文を２倍にして１６０万にして伝票を上げ、年度ノルマを達成できました。Cさんとしては、この最後の発注に関しては顧客に対して受注処理部署が間違って伝票を書いてしまったと告げることにしました。そうしたとしても、この顧客は以前からの関係を考慮してわざわざ商品を返却などせずに使用部署を探してこの倍の２台分の複写機注文を受け入れる見込みが高いと思っています。</p>
<p>（マイケル・D/ハット　＋　トーマススペイ による設定を一部修正しました。）</p>
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	</item>
		<item>
		<title>組織・人事における「仮説」と「検証」</title>
		<link>http://www.hrm-forum.com/behavior-model/697.html</link>
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		<pubDate>Mon, 05 Oct 2009 02:16:56 +0000</pubDate>
		<dc:creator>oikawa</dc:creator>
				<category><![CDATA[人の行動モデル]]></category>
		<category><![CDATA[戦略的人事]]></category>
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		<category><![CDATA[仮説]]></category>
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		<category><![CDATA[検証実験]]></category>
		<category><![CDATA[社会科学]]></category>

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		<description><![CDATA[文化系出身者と理科系との間には者の考え方に差がある、とはよく言われますが、たとえば、ロジック構築や判断にあたってのアプローチにもその差がでてくるのかもしれません。社会科学といわれている分野、たとえば経済学、社会学において [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img class="alignleft size-thumbnail wp-image-701" title="1-1193068656" src="http://www.hrm-forum.com/wp-content/uploads/2009/09/1-11930686562-150x150.jpg" alt="1-1193068656" width="150" height="150" />文化系出身者と理科系との間には者の考え方に差がある、とはよく言われますが、たとえば、ロジック構築や判断にあたってのアプローチにもその差がでてくるのかもしれません。社会科学といわれている分野、たとえば経済学、社会学においてもそうなのですが、実は手法としてはそれほど理科系と違いがあるのではない、というところから出発したいと思います。</p>
<p><strong>仮説と検証</strong></p>
<p>例えば、ある事象についてその意味を理解するために、<strong>仮説</strong>を立てることはよくあります。<a href="http://www.insightnow.jp/article/3201">戦略論</a>、人事や組織論についても同様です。</p>
<p>問題は、仮説を立てることや仮説構築方法にあるのではありません。問題は、検証にあるのです。実験科学者福岡伸一さん（「<a href="http://shop.kodansha.jp/bc2_bc/search_view.jsp?b=1498916">生物と無生物のあいだ</a>」の著者）によると、実験科学者の立場からその本質を教えてくれます。</p>
<p>①　まず、<em>仮説を立てる</em>。（例：発がんには分子Aの異常が関与しているのではないか）</p>
<p>②　この<em>仮説を検証する実験を立案</em>する。（人為的に分子Aを異常化させて、がんが引き起こされるかどうかを調べる）</p>
<p>③　<strong>目論見とは異なった実験結果が得られたときどうするか？（</strong>予想に反して細胞はがん化しなかった）<em>ここが問題です。</em></p>
<ol>
<li>予想どおりの結果が得られなかったのは自分の仮説がそもそも間違っていたからである、と考える。（分子Aの異常はがんと関係なかった。）つまり、仮説の誤りを認める、仮説を放棄する、という結論をとる。</li>
<li>自分の仮説は間違っていない。実験の手続が適正でなかったから、予想された結果が出なかったにすぎない、と考える。（分子Aの数が少なかったせいだ、観察時間が短すぎたのだ、使用した培養細胞が良くなかったのだ、などなど）そして、実験条件をいろいろ変更して再試行を繰り返す。</li>
</ol>
<p>問題は、検証実験が予想通りでなかったという事実だけでは、ケース１とケース２のどちらが正しいのかの区別がつかないということです。</p>
<ol>
<li>仮説自体が間違っていたと早とちりすると、手続の加減でうまくいった場合つまり正解を捨ててしまう決定的過ちを犯す、かもしれない。</li>
<li>頑固に仮説に固執し過ぎると、無限に実験を繰り返したあげく、ついに仮説は間違っていたことにたどり着くかもしれない。たいへんな無駄と労力の空費となる。</li>
</ol>
<p>現場はこの二つがせめぎ合う、という現実があります。</p>
<p>さて、戦略論や人事、組織論では、この仮説と検証の狭間の悩みについても、実は実験科学の現場と同じことが起きているといえます。コンサルティングする際、あるいは、社内企画をたてるとき、あるいは中長期事業計画をたてるとき、よく一口でPDCAを回すといいますが、一刀両断で考えていないでしょうか？実際は、仮説と検証の狭間の悩みについて、きちんと意識していることはプロセス上も非常に重要なことだと思います。</p>
]]></content:encoded>
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	</item>
		<item>
		<title>「漂流」する従業員たち　（ロンドンの場合）</title>
		<link>http://www.hrm-forum.com/reward/674.html</link>
		<comments>http://www.hrm-forum.com/reward/674.html#comments</comments>
		<pubDate>Wed, 16 Sep 2009 04:09:14 +0000</pubDate>
		<dc:creator>oikawa</dc:creator>
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		<description><![CDATA[BBCニュースの衝撃
BBCニュースが流れたのは、2008年4月21日のことです。（Monday05:17GMT UK）。そこで「10人の従業員の4人以上が来年仕事を辞める」というショッキングな調査結果  が発表されたの [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><strong><img class="alignleft size-thumbnail wp-image-681" title="33-1206541854JmR8" src="http://www.hrm-forum.com/wp-content/uploads/2009/09/33-1206541854JmR81-150x150.jpg" alt="33-1206541854JmR8" width="150" height="150" />BBCニュースの衝撃</strong></p>
<p>BBCニュースが流れたのは、2008年4月21日のことです。（Monday05:17GMT UK）。そこで「10人の従業員の4人以上が来年仕事を辞める」というショッキングな調査結果  が発表されたのです。<br />
考えてみれば誰でも今の仕事をいつかは辞めるはずではありますが、「来年に辞める」と期限をつけているところがこのアンケートのミソなのです。</p>
<p>しかも40％という割合には少々びっくりさせるものがあるのは事実です。貴方の会社の営業部10人のうち4人以上が来年辞めるとしたら部長の貴方はどうしますか？というわけで、イギリスでその週の人事や経営の話題を独り占めしたものです。</p>
<p>さて、これはまだリーマンショック前の話です。その後のロンドン労働事情はどうなっていることでしょうか。<br />
辞めたい理由は、「不合理なほどに仕事量が多い」ために「給与が低い」とか「キャリアパスが欠けている」という意識を生み出しているということだそうです。また、従業員の半数が、最初に配属されたとき以後満足なサポートを受けられていない、4分の１以上の従業員は彼らの上司からのサポートがない、と訴えているのです。ここらが日本と違うかもしれません。上司からのサポートなどということがあるかないか、が離職理由になるでしょうか？</p>
<p><strong>‘Drift and depart’（漂流し、別れ行く従業員たち）</strong></p>
<p>入社後１－2年の従業員はとくに離職したがっている。「かくも高い割合の従業員が働く意欲をなくしているという事実というだけでなく、有能な従業員でさえ（会社から去るために）ドアに向かっている」という憂慮すべき事態を明らかにしたと、この調査機関Investors in PeopleのCEOは述べています。</p>
<p>従業員はサポートを求めているといいます。パフォーマンスに対する「効果的な」フィードバック（とくにキャリアパスとトレーニング時にそのフィードバックを受けたいと思っていること）を求めているというわけです。「従業員は、これなしには、企業目的に深く関与し続けるよりもむしろ漂流し、分かれ行くことになるだろう。」</p>
<p>さらに調査結果は語ります。「デモチベーション（意欲を失うこと）は、大企業でより深刻な問題になっている。」というのは、5000人以上の大企業でデモチベートあるいは全く意欲を失っていると答えた割合は39％であり、50－250人の企業の30％より多いというのです。そして、公共セクターのワーカーのモチベーションは最低だというわけです。</p>
<p>さて、日本ではどうでしょうか？</p>
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		<title>自己実現型モデル</title>
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		<pubDate>Fri, 24 Apr 2009 10:29:24 +0000</pubDate>
		<dc:creator>oikawa</dc:creator>
				<category><![CDATA[人の行動モデル]]></category>
		<category><![CDATA[インデペンデント・コントラクター]]></category>
		<category><![CDATA[マズローの欲求段階説]]></category>
		<category><![CDATA[自己実現型モデル]]></category>
		<category><![CDATA[裁量労働制]]></category>

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		<description><![CDATA[「自己実現型モデル」
人はなぜ働くかの答えとして、最近の裁量労働制にみられるように、人は自律的に仕事に満足を求め、自己実現を仕事を通して行うのだという「自己実現型モデル」もあります。これは内発的動機付けともいうべき衝動が [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img src="http://www.hrm-forum.com/wp-content/uploads/2009/04/954-1236280061sdfr-150x150.jpg" alt="954-1236280061sdfr" title="954-1236280061sdfr" width="150" height="150" class="alignleft size-thumbnail wp-image-379" /><strong>「自己実現型モデル」</strong></p>
<p>人はなぜ働くかの答えとして、最近の裁量労働制にみられるように、人は自律的に仕事に満足を求め、自己実現を仕事を通して行うのだという「自己実現型モデル」もあります。これは内発的動機付けともいうべき衝動があり、心の内側からむらむらと沸き起こる意欲によって仕事をすること自体が気持ちよくて仕方ないという人のことをいいます。</p>
<p><strong>マズローの欲求段階説</strong></p>
<p>アブラハム・マズロー（1908年～1970年　Ａ.Ｈ.Maslow アメリカの心理学者）は，彼が唱えた欲求段階説の中で，人間の欲求は，５段階のピラミッドのようになっていて，底辺から始まって，１段階目の欲求が満たされると，１段階上の欲求を志すといいました。</p>
<p>人間の欲求の段階は，生理的欲求，安全の欲求，親和の欲求，自我の欲求，自己実現の欲求です。生理的欲求と安全の欲求は，人間が生きる上での衣食住等の根源的な欲求，親和の欲求とは，他人と関りたい，他者と同じようにしたいなどの集団帰属の欲求で，自我の欲求とは，自分が集団から価値ある存在と認められ，尊敬されることを求める認知欲求のこと，そして，自己実現の欲求とは，自分の能力，可能性を発揮し，創造的活動や自己の成長を図りたいと思う欲求のことをいいます。</p>
<p><strong>報酬としての「自己実現」</strong></p>
<p>仕事をして、その結果の達成度合（achievement level）が高ければ満足し、極端な場合、仕事の報酬が仕事である場合さえ、本人にとっては働く価値となるのです。</p>
<p>たとえばその成果として（カネでなく）さらに困難な仕事が報酬として与えられてもそのような仕事に挑戦する機会が与えられたことで満足し快適と感じる人です。これは、自律から自立につながる考え方で、もはや職場という考え方から解放され、組織に使われるのではなく組織を使うのだという考え方に通じるものがあります。</p>
<p><strong>インデペンデント・コントラクターの世界</strong></p>
<p>インディペンデント・コントラクターとは、高度な専門性を備え、業務単位の請負契約を複数の企業と結んで活動する「法人化した個人」および「個人事業主」のことを指すコトバです。Independent Contractorの略でICと呼んだり、直訳して独立業務請負人とよんだり、プロワーカーなどと呼んだり、呼称は様々。一部には独立業務請負人を略して「ドクウケ」と呼ぶ向きもあります。<br />
「必要な時な時に必要なだけ」プロジェクトに参加し、ベンチャー企業としてIPOを目指すわけでもなく、自宅を中心に自分のペースで働くSOHOとも一線を画するICは「雇われない、雇わない」フリーエージェントとしてのビジネスマンの新しいワークスタイルとして注目を集めているのです。</p>
<p>このように、最近は職場に固定されずindependent contractorとしてその能力を請負契約（成果をあらかじめ約定する）で評価してもらう独立したジャンルの職業もでてきています。</p>
<p><strong>裁量労働制の世界</strong></p>
<p>一般の職場でも「裁量労働制」はこのような意味内容を含んでいる。しかし、こうした裁量労働は、ITソフトの作成など自律的に仕事ができる分野であることを要し、またその従業員に自立してその職務を遂行できるだけの能力があって初めてみとめられるものであるから、一般の事業所において一般的なワーカーにあてはまるモデルではありません。また、高度の実務知識があってもたとえば経理マンにはこのモデルは当てはまらないでしょうし、アシスタントの仕事にもあてはまらないといえます。</p>
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		<title>マズローの欲求段階説</title>
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		<pubDate>Fri, 24 Apr 2009 10:25:15 +0000</pubDate>
		<dc:creator>oikawa</dc:creator>
				<category><![CDATA[人の行動モデル]]></category>
		<category><![CDATA[アブラハム・マズロー]]></category>
		<category><![CDATA[マズローの欲求段階説]]></category>
		<category><![CDATA[欲求5段階説]]></category>

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		<description><![CDATA[マズローの欲求段階説
これは古典に属する説です。しかし、考える価値はある心理学的ものの見方でもあります。
アブラハム・マズロー（1908年～1970年　Ａ.Ｈ.Maslow アメリカの心理学者）は，彼が唱えた欲求段階説の [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img src="http://www.hrm-forum.com/wp-content/uploads/2009/04/274-1213705435vx3u-150x150.jpg" alt="274-1213705435vx3u" title="274-1213705435vx3u" width="150" height="150" class="alignleft size-thumbnail wp-image-381" /><strong>マズローの欲求段階説</strong></p>
<p>これは古典に属する説です。しかし、考える価値はある心理学的ものの見方でもあります。</p>
<p>アブラハム・マズロー（1908年～1970年　Ａ.Ｈ.Maslow アメリカの心理学者）は，彼が唱えた欲求段階説の中で，人間の欲求は，５段階のピラミッドのようになっていて，底辺から始まって，１段階目の欲求が満たされると，１段階上の欲求を志すといいました。</p>
<p>人間の欲求には段階があり、それには，生理的欲求，安全の欲求，親和の欲求，自我の欲求，自己実現の欲求の5段階がある、と彼は分けてみた。生理的欲求と安全の欲求は，人間が生きる上での衣食住等の根源的な欲求，親和の欲求とは，他人と関りたい，他者と同じようにしたいなどの集団帰属の欲求で，自我の欲求とは，自分が集団から価値ある存在と認められ，尊敬されることを求める認知欲求のこと，そして，自己実現の欲求とは，自分の能力，可能性を発揮し，創造的活動や自己の成長を図りたいと思う欲求のことをいいます。</p>
<p>このマズローの欲求段階説の説明の面白いところは、それぞれ下位の欲求が満たされて始めて次の段階の欲求に行くといっているところです。つまり、確かに生存が脅かされている状況下では、いくら最上位のことを求めてもそれは無理ということだ、というわけです。別に下位だから価値がないといっているのではないことに注意が必要です。</p>
<p>三段階目の親和性とは集団帰属のことをいっています。だから会社帰属というのは、生存確保をしてくれる前提となっているわけですね。国家も同じでこれに帰属しないとパスポートをもらえず外国へいっても自国民として保護してもらえないということです。</p>
<p>問題は、帰属欲求が満足した後に現れます。帰属の後に自我の欲求がでてくる。つまり自己実現ということです。自己実現は二つあります。ひとつは、仕事の遂行や達成。もうひとつは、そのこと（成功）により他人から注目され賞賛されること。これは、心理的には実は金銭とは直接結びついていない、というところがミソです。</p>
<p>最後の自己実現の欲求になると、もはや自分のやりたいことをやらせてくれ！というわけで研究欲求、平和追求、芸術観賞というように、それはもう金銭的欲求から切り離されていることに気づかされます。このような場合、（金銭的報酬がなくても）もしそこに人から賞賛されたいという気持ちがあるなら、この1段下の自我の欲求に区分されるということになります。つまり、自己実現とは無償性に特色があるのです。</p>
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		<title>社会人モデル</title>
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		<pubDate>Fri, 24 Apr 2009 10:07:22 +0000</pubDate>
		<dc:creator>oikawa</dc:creator>
				<category><![CDATA[人の行動モデル]]></category>
		<category><![CDATA[ABC分析]]></category>
		<category><![CDATA[不機嫌な職場]]></category>
		<category><![CDATA[社会人モデル]]></category>

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		<description><![CDATA[「社会人モデル」
ＡＢＣ分析の価値
財務的な成果をさておき、職場の現実ないしデイリーの仕事のうごきを眺めてみれば、「経済人モデル」では説明がつかない意識が実際の職場には存在します。たとえば、いかにABC(Activity [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img src="http://www.hrm-forum.com/wp-content/uploads/2009/04/_mg_2858-150x150.jpg" alt="_mg_2858" title="_mg_2858" width="150" height="150" class="alignleft size-thumbnail wp-image-384" /><strong>「社会人モデル」</strong></p>
<p><strong>ＡＢＣ分析の価値</strong></p>
<p>財務的な成果をさておき、職場の現実ないしデイリーの仕事のうごきを眺めてみれば、「経済人モデル」では説明がつかない意識が実際の職場には存在します。たとえば、いかにABC(Activity based costing analysis)を行っても、その個別の仕事の成果がいちいち給与価値に変換されるわけではありません。人はなにか組織に所属したいと思っているのです、そこで出世して組織の中でハバをきかせたいし、会社や顧客から褒められたいというRewardを目当てに人は働くのだという、いわゆる「社会人モデル」もあるのです。</p>
<p><strong>社会人モデルとは何か。</strong></p>
<p>こういう側面もたしかにあるのであって、人によっては職場の人間関係がもっとも大事で人間関係がうまくいってさえいれば快適で「気分よく効率よく」働けるんですという人もいます。これは職場の一部のOL層に多いかもしれませんね。職場のみなさんから慕われる存在であればいいというような、たとえばいわゆる職場のアウトサイダー的な釣りバカ日誌的な人や職場の潤滑油といわれる人たちもこれにあたるといえます。逆に、バリバリ働き、人と違う成果を見せ付けてそれを評価してほしいという人は「社会人モデル」では反対に評価はされないことになる。</p>
<p><strong>社会人モデルにおける成功とは。</strong></p>
<p>そして、この「社会人モデル」では経済人モデルの対極にあることから、経済的成果と反応させることが困難なのでその満足度を給与に反映させることはまず難しいということになります。いかに本人が周囲に好まれても、全く営業成果の出ない営業マンに、成果のある営業マンより多くの給与を払うことはできないでしょう。つまり社会人モデルではいくらの給与を支払ったらいいのかという問いに答えることができないのです。企業組織が利益追求団体であり互助・同好会ではないから当然のことです。しかし、集団にうまく属したい、顧客や会社に褒められたいという人間のDNAを無視すれば職場は嫌われうまく機能しないことも事実でしょう。</p>
<p><strong>不機嫌な職場</strong></p>
<p>効率化やグローバル化、ＩＴ化によって職場環境は一変しています。Ｅメールでやりとりすれば、世界のどの支店とも取引先ともコンタクトはいつでもできるし、エクセルですぐデータ分析もできるようになりました。10年前とは比べ物にならないくらい能率はアップしたといえます。しかし、他方、職場の同僚が面と向かって会話をせず、電子メールでやりとりする現象などによってギスギスした職場が増えています。職場の人間関係が希薄化により職場での協力関係が破壊され社員のモチベーションや品質低下に影響しているという現実分析がされています。（高橋克徳ほか著「不機嫌な職場」講談社現代新書2008年）</p>
<p>「人はなぜ働くか」は、もはや経済人モデルだけでは説明ができないことは明らかです。そんな「不機嫌な職場」が、どのようにしたら、生き生きとした職場に再生できるでしょうか。そのためにはさらに別のモデルからヒントを得ることができるでしょう。それが自己実現モデルです。</p>
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		<title>経済人モデル</title>
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		<pubDate>Fri, 24 Apr 2009 01:17:53 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[人の行動モデル]]></category>
		<category><![CDATA[経済人モデル]]></category>

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		<description><![CDATA[「経済人モデル」とは何か。
今まで、歴史的見ると、組織と人との関係はいくつかのモデルで説明されてきました。たとえば、最もわかりやすくまた原初的な考え方として、人は給与のために働くのだ、期待水準以上働けばより多くの給与がも [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img src="http://www.hrm-forum.com/wp-content/uploads/2009/04/947-1237669462c11l-150x150.jpg" alt="947-1237669462c11l" title="947-1237669462c11l" width="150" height="150" class="alignleft size-thumbnail wp-image-395" /><strong>「経済人モデル」とは何か。</strong></p>
<p>今まで、歴史的見ると、組織と人との関係はいくつかのモデルで説明されてきました。たとえば、最もわかりやすくまた原初的な考え方として、人は給与のために働くのだ、期待水準以上働けばより多くの給与がもらえることこそがその組織に関わる理由だと考える「経済人モデル」があります。そこには、外からの給与ないし報酬という刺激に対応する人間像が想定されているのです。</p>
<p>企業側による標準（期待水準と言い換えることができます）の設定のしかた次第で常に右肩上がりの業績を企業は期待できるし、その分け前である給与を従業員も右肩上がりで期待できる、というように予定調和しているのでお互いに論理的には不公平はありません。その結果得られた成果（価値アップ分）を測定しそれに応じた給与を計算することも論理的に説明可能だといえます。</p>
<p><strong>成果主義</strong></p>
<p>以上に述べた「経済人モデル」は、近年の成果主義の考え方の背景にある考え方です。そして企業の中堅層ないし若手管理者（部長課長）にはなじみ易くまた経営側にとっても計算しやすい考え方でもあるといえます。</p>
<p>しかし、すぐには（当期内に）成果が見えない部門だとか入社したての人ですぐに目に見える成果を測定しにくいという場合だとかには違和感がある考え方でもあります。また、きまりきった仕事をこなせばいいだけのルーティンワークに携わる人も同様に、違和感があることでしょう。</p>
<p><strong>ハイ・パフォーマーのモラールダウン</strong></p>
<p>成果に応じた金銭的報酬は、成果（業績）主義の形で日本でもすでに根を下ろしているといえます。全くの年功給与制度（在籍年数が増えるに従い給与も増加する仕組み）をとっている企業は稀になりつつあるといえます。</p>
<p>これは、ハイ・パフォーマー（高業績者）の目からすると、いくらがんばっても自分より劣ると思われるロウ・パフォーマー（低業績者）と、そうたいして金銭的報酬額が変わらないなら、ガンバルだけ損だという発想が生まれるから、ハイ・パフォーマーのモラールダウンつまりヤル気がそがれる結果を招くことになるからです。</p>
<p><strong>ロウ・パフォーマーの甘え</strong></p>
<p>また、ロウ・パフォーマー（低業績者）だからといって、とくに生活給の要素の部分では、報酬を低く抑えられるわけもなく、多少は毎年昇給ないしベースアップもあるので、とかく会社は業績にうるさくいうが、とりたてて現状に不満はなく、まあ働きに見合った報酬だから、いまさら必死にならなくてもあと数年で退職金もらえる・・・うまくいけば早期退職制度で割り増しも・・・・というマインドになりやすい傾向もあります。これでは、目標達成に対しては甘えの態度となってしまうといえます。</p>
<p>この意味で、経済人モデルだけで、全てを説明したり給与の本質を説明し尽くすことはできないことになるでしょう。</p>
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